年金「3号問題」の誤解を解く
ゴールデンウィーク中に、週刊ポストのweb記事で以下のようなものがありました。
週刊ポストが、このような国の年金制度に関する煽り記事を出すのは珍しいことではないので、スルーしていたのですが、なぜかツイッターではこの記事に注目が集まったようで、「#専業主婦、年金」 で検索してみたら、記事に関するコメントが数多く出てきて、その多くが以下のような批判でした。
「私は働いているが、専業主婦が保険料を払わず年金を受給することは何の問題もない。」
「本当は、年金の財政が苦しいための施策なのに、働く女性をダシにして年金の給付を削減するとは卑怯だ。」
このようなツイートに対して、何千、万単位の「いいね」が付いたり、リツィートされていることにかなり驚き、それらの大半がポストの記事を鵜呑みにした誤解に基づく批判であることに、少し残念な思いがしました。
確かに、被扶養者である主婦(夫)が対象である3号制度に関しては、政府の社会保障審議会年金部会で議論されているところですが、その理由は「働く女性の不満」であったり、「年金制度の財政問題」ではありません。
そこで、今回は3号制度について、昨年9月14日に開催された第4回社会保障審議会年金部会で議論されたことを中心にまとめてみたいと思います。これを見て頂ければ、週刊ポストの記事がいかに事実を歪曲して伝えているものであるか分かって頂けると思います。
第3号被保険者とは
それでは、まず第3号被保険者の定義から確認してみましょう。
日本の年金制度の加入者は、下の表の通り年齢や働き方によって第1号~第3号の3つの種別に分類され、それぞれに応じた保険料の支払い方や給付の内容が定められています。
第3号被保険者は、その定義から「会社勤めの配偶者に扶養されている者」いわゆる専業主婦(夫)ということになります。そして、それは男女の性別に関係ないのですが、以下の説明では分かり易くするために、第3号被保険者はサラリーマンの夫に扶養されている専業主婦のことを意味することにします。
まずは、一口に専業主婦といっても、上の図表による説明の通り、多様な属性を持つ者が混在しているということを理解して下さい。
第3号被保険者の数は、平成6年の1220万人をピークに減少しており、足元で公表されている平成28年では889万人となっています。理由は、ご想像の通り、共働き世帯の増加、女性の社会進出の促進などが挙げられます。
そして、今後はさらに被用者保険の適用拡大を進めつつ、第3号被保険者制度の縮小・見直しに向けたステップを踏んでいくことが必要とされています。
第3号被保険者と適用拡大の関係は?
ところで適用拡大とは何のことでしょう。また、これが第3号被保険者制度にどのような影響を与えるのでしょう。
適用拡大とは簡単に言うと、正社員以外のパートやアルバイトといった短時間労働者を、被用者保険(厚生年金・健康保険)にできるだけ多く加入してもらえるようにしようということです。
以前は、短時間労働者が被用者保険に加入する条件として、正社員の所定労働時間・労働日数の4分の3というものがありました。分かりやすい例で言うと、正社員の所定労働時間が1日8時間で週休2日とすると、一週間で30時間働く短時間労働者は被用者保険に加入しなければなりませんでした。
これが平成28年10月には、501人以上の企業で、週労働時間20時間以上、月額賃金8.8万円以上等の要件を満たす短時間労働者を加入の対象とすることによって被用者保険の適用拡大を図り、さらに平成29年4月からは、500人以下の企業についても労使の合意があれば、週20時間以上、月額賃金8.8万円以上等の条件の下、短時間労働者への適用拡大を可能とするように改正されてきました。
そして、現在は労働時間や賃金の条件を更に緩和して、適用拡大を図る検討が行われているところです。
このように適用拡大を進めていく理由は何でしょう。
よく「年金の財政が苦しいから、パートからも保険料を取らなければならないんでしょ」なんて、批判する人も多いのですが、これはちょっと間違った見方です。
適用拡大の意義としては、次の二つが挙げられます。
(1)年金水準が確保される
第3号被保険者だと、将来の年金は基礎年金(いわゆる1階部分)だけですが、厚生年金に加入することによって、報酬比例の厚生年金(いわゆる2階部分)が保障され、年金の給付水準がアップします。特に、マクロ経済スライドという給付抑制策による基礎年金の目減りを緩和する効果が得られることから、低所得・低年金者の年金額の引き上げにつながります。
(2)被用者保険の適用が雇用や働き方に対して中立となる
短時間労働者に対して被用者保険が適用されないことは、企業経営者にとっては保険料の負担が抑えられるので、正規社員よりも短時間労働の非正規社員を優先して雇用する動機を与えてしまいます。これは、正規社員としてより長く働きたいと思っている人達にとって就業の機会が阻害される状況を作ってしまうことにならないでしょうか。適用拡大は、このような雇用の機会における不公平を解消し、より多くの方が正規社員としてより安定した生活を送れるようにするものです。
このように、被用者保険の適用拡大を進めていくことに関しては異論を挟む余地はなく、これを進めることによって、パートとして就労している第3号被保険者は第2号被保険者に移ることになり、第3号被保険者はさらに減少することになるでしょう。
その上で、少数派として残っている第3号被保険者制度の見直しを検討していこうというのが現時点での方向性です。その中で、第3号の基礎年金を、経済的な理由等で保険料の支払いを全額免除されている者と同じように、通常の額の半分にしてはどうか、という意見は出ているようですが、あくまで一つの意見で、何も具体的には決まっていない状況です。
週刊ポストは、公的年金保険制度に関して誤った情報を流して、読者の関心を引き付けようという戦略なのかもしれませんが、そのような根拠のない煽り記事に踊らされることの無いようにしたいものです。
第3号被保険者制度は不公平?
ところで、専業主婦が保険料の負担なしで基礎年金を受給できる第3号被保険者制度は、本当に不公平なものなのでしょうか。確かに、賃金が同じで保険料も同額を払ってきたのに、扶養する配偶者がいる場合と単身の場合で、受け取る年金額に違いが生じるのはおかしいと感じる方もいるかもしれません。
でも、以下のように考えてみてはいかがでしょう。
平成16年改正において、第2号被保険者の負担した保険料は夫婦で共同負担したものと認識する規定が置かれました。これが、どういう意味なのか、下のイラストを見て下さい。
要するに、本来無償である専業主婦の家事労働に対して、夫の賃金の半分を仮想的な賃金として与えるべきであるということです。賃金が40万円の夫と専業主婦の世帯は、賃金がそれぞれ20万円の共働き世帯と同じなんですね。
そうすると、下の図表の通り、専業主婦が直接保険料を負担していない、夫のみが就労する世帯が、世帯収入が同じ共働きの世帯と、同じ額の年金を受けることは、不公平ではないと言えるのではないでしょうか。
週刊ポストの記事の後に…
先にお話しした通り、週刊ポストの記事は、根拠なく年金に関する不安や不満を煽っているだけです。皆さんには、専業主婦の公的年金の加入と給付に関する現状を正しく理解して頂きたいと思います。
また、週刊ポストの記事を発端にSNSで議論が沸騰したことを、毎日新聞が以下のように報じていました。
「主婦の年金半減」の真偽-「無職の専業主婦」に反感-SNSで議論沸騰
この記事では、厚労省に対する取材や公表されている社会保険審議会の議事録の確認を通じて、週刊ポストの記事が根拠のないものであることを論じており、さすが新聞社は違うなと思ったのですが、記事の最後の部分で「年金に詳しい経済評論家」のコメントが以下のように紹介されていました。
政府は、社会保障制度が立ちゆかなくなったために低所得のパート労働者からも年金保険料を取るよう制度を変えてきている。『女性活躍』の推進と言うが、実際には女性を労働力としてしか見ていないのではないか。
これは、先に説明した適用拡大の意義を誤解させるものですね。
「年金に詳しい経済評論家」がこれですから、公的年金制度の姿をありのままに理解してもらうことは、本当に難しいと感じてしまいます…..
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