「現役社長が年金をもらえる方法」について考える

ちょっと調べ事をしていたら、ある社労士さんのホームページが目に留まりました。

その内容は、「役員報酬が高額なために年金が支給停止となっている社長さん、役員報酬の総額は変えずに年金をもらえるようにします!」

というものでした。

日頃、「公的年金は保険です」と発信している立場からすると、十分な役員報酬をもらってバリバリ働いている社長さんに、年金は必要ないと考えています。厚生年金保険法の第1条の条文で制度の趣旨を確認してみましょう。

この法律は、労働者の老齢、障害又は死亡について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。

ここで、保険給付の事由とされている「老齢」は、単に年をとるということではありません。老齢のために働いて収入を得ることができなくなるということです。そして、そのような高齢者の所得を保障する制度が厚生年金保険なのです。したがって、高齢でも働いて十分な収入を得ている人には、老齢年金は支給されるものではありません。

それでは、どのようにして現役の社長さんが、支給停止となっている年金をもらうことができるようになるのか、見てみましょう。ここでは、下のイラストのような社長さんを例にして説明します。

 

 

 

 

 

 

なお、はじめに断っておきますが、ここで紹介する支給停止の年金を復活させる方法については、私個人は制度の趣旨に反するものとして反対の立場です。したがって、このブログをご覧になって私の方に相談に来られても対応できませんので、ご了承ください。また、内容については十分な調査に基づいたものですが、これを見てご自分でプランを実行する場合には(しつこいようですが、そのような制度の趣旨に反することはお勧めしませんが)、自己責任でお願いします。

1.老齢厚生年金の支給停止の仕組み

老齢厚生年金の受給権者であっても、働いて収入を得ている場合には、収入の額によっては年金が減額(支給停止)される仕組みになっています。65歳以上の方の場合には、以下のような算式で計算されます。

 

 

 

 

この式に、社長さんの報酬額(標準報酬月額の上限である62万円)と年金額をいれると、支給停止額は13万円と計算されますが、これは年金額の10万円を超えているので、年金は全額支給停止となる訳です。

2.支給停止を解除する方法

さて、全額支給停止のために年金が支給されない社長さんは、ずっと保険料を払ってきたのに年金がもらえないことに納得がいきません。そこで、社会保険労務士に相談してみました。

すると相談をした社労士から、「社長の役員報酬の総額は今のままで、年金が支給されるようになる方法があります」と提案されました。早速提案された通りのことを実行すると、支給停止は解除され、年金が毎月10万円支給されるようになりました。

社労士の提案は、社長の役員報酬の一部を「事前確定届出給与」として支払うというものでした。会社の業績が予想より良かった場合、役員に賞与を支給しても損金処理はできません。利益を操作して税金を減らすことができないようにするためです。一方、従業員と同じ時期に役員にも賞与を支給する慣習もあることから、予め金額と支給日を決めて届出すれば損金処理が可能となる制度が、事前確定届出給与です。

そこで、先の社長さんの報酬の一部を事前確定届出給与として支給したらどうなるでしょう。下の図で示す通り、毎月100万円支給する方法(図の左側)から、毎月20万円支給して期末に事前確定届出給与として960万円支給する方法(図の右側)に変更します。いずれも、年間の総支給額は1200万円と同じですが、年金の支給停止額の基となる総報酬月額相当額が62万円から32.5万円に下がるのです!

理由は事前確定届出給与は、賞与として12で除した金額が総報酬月額相当額に算入されますが、その際に、標準賞与額の上限である150万円が適用されるため、総報酬月額相当額が大きく下がり、年金の基本月額と併せた金額が46万円を下回るので、支給停止額がゼロになるのです。

ちなみに下の図だと、将来支払予定の事前確定届出給与を総報酬月額相当額に算入しているように見えますが、実際は、過去1年間に支給された事前確定届出給与です。また、標準報酬月額は、役員報酬を下げてから3ヶ月経過後に随時改定をによって下がります。

 

 

 

 

 

 

 

 

このように役員報酬の支払い方法を変えることによって、支給停止されていた年金が復活するほかにも、保険料や税金にも影響が及びます。それらをまとめた表は以下の通りです。

社長さん個人の手取り額は、138万円アップすることになります。但し、この比較には将来の年金額が減る影響や法人税も含めた会社全体の影響については含まれていませんので、ご留意ください。

役員報酬の支払い方法を変えることによって、年間の報酬額は変えずに、支給停止となっていた老齢厚生年金が復活するプランは、社長さんにとっては魅力的かと思います。しかし、公的年金制度は保険であるという制度の趣旨には反しているのではないかということを改めて強調しておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

3.在職老齢年金の改革の方向性について

収入が十分にある現役の社長さんに対して、老齢年金が支給されることはおかしいのではないかと問題提起をさせて頂きました。例に挙げた社長さんのような、十分な収入がある人の年金額を減額する制度は「在職老齢年金(略して、在老)」と呼ばれていますが、現在俎上に挙がっている年金制度の改革案の中には、この在老の廃止ということが含まれています。

仮に、在老が廃止されると、社長さんは事前確定届出給与によって報酬の支払い方法を変えなくても、年金をもらえるようになるかもしれません。しかし、そうすると在老の廃止というのは制度の趣旨に反していないのかと思われる方も多いと思います。私もその通りだと考えます。

しかし、在老廃止の本来の目的は、十分な収入がある人は年金を繰下げて、引退したら繰下げによって増額された年金を受給することに対するインセンティブを与えるためだと私は理解しています。現行の在老制度では、繰下げによる増額の対象は、在老によって減額した年金額になるので、この社長さんのように全額支給停止となるような人は、その間年金を繰下げても全く増額されないという、ちょっとかわいそうなことになってしまうのです。

それであれば、十分な収入があるうちに年金を受給する場合は減額するけど、受給せずに繰り下げた場合は、繰下げによる増額は、減額されない年金額を対象にすればいいのではないかというアイデアが浮かぶかと思います。私もこれがいいのではないかと思いますが、一方で、減額されない年金を繰下げ増額することと、繰下げしないで減額されない年金を受給することは、財政的には中立であると思われます。

そうすると、財政的に中立なら、繰下げしないで受給する場合でも在老による減額は不要ではないかという意見もでそうです。でも、財政的な観点は別にして、繰下げしない場合には現行の在老制度に基づいて減額するということで良いのではないでしょうか。

年金制度の改革案として、適用拡大やマクロ経済スライドのフル適用などが最近の新聞でも報じられていましたが、この在職老齢年金制度の見直しについても注目していきたいと思います。

 

 

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