マクロ経済スライド発動!
昨日(1月18日)、平成31年度の年金改定額が厚労省より公表されました。
平成31年度の年金額は、平成30年度からプラス0.1%で改定されることになりました。
下の表のとおり、いわゆるモデル世帯の年金額は、月額でわずか227円の増額です。
物価は、日銀が目指すところの2%まではまだまだですが、ある程度上昇しているのに、年金は実質的に目減りしているではないか!とおっしゃる方もいるでしょう。
その通り、年金の実質額は減ってしまったのです。なぜでしょう?その理由は、マクロ経済スライドが4年ぶりに発動したからです。
年金額改定のルール(賃金・物価スライド)
まずは、年金改定のルールをおさらいしてみましょう。年金はその実質的な価値を維持するために、毎年賃金と物価の変動に応じて改定されています。また、年金を受給し始める際の年金額(新規裁定年金)と、受給中の年金額(既裁定年金)は改定のルールが異なります。
それをまとめて図に表すと、下のように物価と賃金の変動パターンの組み合わせで、①~⑥の6通りに分類できます。
これを見ると、改定のルールってなんか複雑だなぁ、と感じる方も多いでしょう。このようなルールは、以下の歴史的な背景によって作られてきたのです。
- (2000年改正以前)新規裁定、既裁定ともに賃金の変動に応じて改定されていました。
- (2000年改正)少子高齢化が進む中で、給付を抑制するために既裁定の改定は物価変動に連動するように改正されました。これは、賃金上昇率は物価上昇率を上回るという前提に基づいたものでした。
- (2004年改正)デフレ経済の中で、賃金上昇率が物価上昇率より低くなったり、また、上昇率がマイナスになるケースが発生し、2000年改正で期待された給付抑制の効果が得られなくなりました。そこで、物価上昇率が賃金上昇率を上回る場合は、既裁定の改定は賃金上昇率に止めておくことにし(⑥のケース)、賃金上昇率がマイナスで物価上昇率を下回る場合は、年金の目減りを抑えるために、物価に合わせてマイナス改定とするか(④のケース)、物価がプラスの場合はゼロ改定とする(⑤のケース)こととしました。
- (2016年改正)④と⑤のケースは年金受給者に配慮したものでした。しかし、現役世代の保険料が現受給者の給付の原資となる賦課方式では、賃金のマイナス(=保険料のマイナス)に合わせて年金をマイナス改定しないと、財政的には悪化してしまいます。そこで、④と⑤のケースでも賃金に合わせてマイナス改定するようにします(2021年4月施行予定)。
いやー、本当にややこしいですね。文章を書いていてもイヤになってしまいますが、このようなややこしい改定の背景について、少しでも理解して頂ければと思います。
平成31年度の年金額改定
改めて、平成31年度の年金額改定を確認してみましょう。下の図の通り、今回の改定は改定ルールの⑥に該当します。つまり、賃金、物価による改定は、新規裁定、既裁定ともに0.6%ということになります。
しかし、これにマクロ経済スライドによるマイナス0.5%の調整が加えられ、最終的にはプラス0.1%となったわけです。
マクロ経済スライドの調整率は、以下の式によって算定されます。
今回は、被保険者数がプラス0.1%だったので、調整率はマイナス0.2%(=1.001×0.997)となっています。
そして、前回調整できなかったマイナス0.3%を加えて、合計マイナス0.5%が今回の調整率となります。「前回調整できなかった」というのは、賃金・物価改定が据え置き(改定ルール⑤に該当)で、マクロ経済スライドによる調整を加えるとマイナスになってしまうために、年金の名目額が減ってしまうことを回避する措置(名目下限措置)が取られたためです。
マクロ経済スライドの意義
マクロ経済スライドは、2004年の改正で導入された制度ですが、上で述べた名目下限措置のために、デフレ経済が続く中、今回を含めて過去2回しか発動しておらず、その分年金の財政は悪化してしまいました。
今回は、2016年改正で導入された、マクロ経済スライドのキャリーオーバー制によって、前年度発動できなかった分もまとめて調整することができました。それでも、調整が1年持ち越しになった分は財政に悪影響を及ぼすので、今後は名目下限措置の撤廃の検討も必要でしょう。
マクロ経済スライドは、現在の年金受給者の給付額を抑えることにより、将来の年金額の水準を維持しようというものです。つまり、少子高齢化の進行のために年金が減額される痛みを、現受給者と将来の受給者(現役世代)が分かち合って行こうというわけです。そのような制度の意義をしっかりと理解、あるいは説明した上で、さらなる改革の議論を進めていく必要があるでしょう。
ところで、下の表を見て下さい。過去5年間のマクロ経済スライド調整率の推移です。実際の調整率と2014年財政検証で使われた将来の想定値を比較しています。
これを見ると、想定値より実際の調整率の方が低く、近年になるほどその差が開いてきていることが分ります。
上で説明した調整率の算定式で、平均余命の延び率の部分は固定値なので、調整率のマイナス幅が年々縮小しているのは、被保険者数の減少に歯止めがかかり、2019年度ではプラスに転じていることが理由です。
調整率の低下は、将来の年金水準にとってはプラスの要因となります。一方、低下の理由である被保険者の増加は、パートなどの短時間労働者の加入増によるものと推測しますが、そうだとすると保険料収入に対する寄与度という点では十分なのかという疑問が湧いてきます。
この点は、今年実施される財政検証の中でどのように扱われるのか注目したいと思います。
あっ、書き忘れていましたが、年金額改定の基礎となる賃金上昇率ですが、これは現在問題となっている「毎月勤労統計」のデータは使っていないので、ひとまずご安心を。
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